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フィリピン・バイテク作物視察ツアー

バイテク情報普及会では、フィリピンにおけるバイテク(遺伝子組み換え)作物の開発や栽培事情の視察を企画し、2014年2月上旬、普及会メンバー並びに関係者らと、国際稲研究所や現地の栽培圃場などを訪問しました。現地の人たちが、バイテク作物という最新の農業技術をどのように捉え、受け入れているのか、事務局員として視察に同行しましたので、フィリピンの農業事情なども含めて紹介いたします。

アジアでバイテク作物を商業栽培している国は幾つかありますが、フィリピンはインド、中国、パキスタンに次いで栽培面積が多く、80万ヘクタールの農地でバイテク・トウモロコシが栽培されています。また、フィリピンには、国際稲研究所(IRRI)があり、イネ(主にインディカ米)の先端的な研究が行われています。フィリピンのGDPに占める割合は農業が32%で一番大きく、次いで受託ビジネス(英語が公用語のため、海外企業のコールセンターのような受託業務が大きい)、三番目は、海外からの仕送りです。今回の視察でも、第二次産業(製造工場など)の存在は感じられず、フィリピンにとって農業がとても重要な産業であることが肌で感じられました。

国際稲研究所(IRRI)

IRRIは、フィリピン政府とロックフェラー財団の支援により1960年に設立された非営利の研究機関です。敷地は270ヘクタール程で、1,600名の研究者、職員を擁しています。IRRIの概要を説明された副所長Tolentino氏によれば、日本からの研究者や学生は、現在15名程いるものの過去に比べると少なくなったとのこと。研究所の運営予算は年間9,000万ドルほどで、その三分の二は公的な資金で賄われ、残りは慈善団体からの寄付によっている。寄付に占める割合は、ビル&メリンダ・ゲイツ財団が最大で、この支援は主にバイオテクノロジーの先端研究や貧困改善プログラムに投入されている。「日本からの支援をもっと増やして頂ければ有難い」とTolentino氏は言っておられた。

IRRIの研究対象は、世界人口の70%が主食とするコメ(特に東南アジアのインディカ米)で、その研究成果は緑の革命を通じ農業の生産性向上に貢献してきた。今後の課題は、世界の農業に大きな影響をもたらすと予想される地球温暖化への対応である。気温が上昇することで海面上昇が起こり、高温はイネの収量を低下させ、気候不順は干ばつや洪水を引き起こし、多発する台風や海面上昇は塩害をもたらす。このため、「耐乾燥性、対塩性、耐冠水性が高く、高品質で高収量のイネの開発を最重点に置いている」とTolentino氏は強調されていた。

耐冠水性イネについては、Dr.Collardから、マーカー育種技術を活用した交配によって開発されており、現在フィリピン、インド、バングラデシュで実証実験が進んでいるとの説明があった。他方、遺伝子技術を活用したイネの改良については、Dr.Mohantyが説明された。この分野では、発展途上国の貧しい人々の健康の改善をめざし、ゴールデンライスや微量栄養素(鉄分、亜鉛)をより多く含むイネの開発などを行っている。ゴールデンライスは1999年にドイツのフライブルグ大学、Peter Bayer博士により開発された(水仙の遺伝子を組み込んだイネでβカロテンを多く含む)が、その後、トウモロコシの遺伝子を組み込んだコメ(GR2)が開発され、IRRIではこれをベースに更に開発を進め(GR2R)、現在、戻し交配により各国の気候や環境に適した品種を育成している。微量栄養素(鉄、亜鉛)を多く含むイネについて、Dr.Mohantyは、「通常の交配では十分に高含量にすることが難しい」ため、最終的には遺伝子組み換え技術を使い、「茶碗一杯で一日の必要量の30%程度の鉄や亜鉛が摂取できるようなコメを作りたい」との目標を語られた。さらに、長期のプロジェクトとして、C3植物であるイネに、光合成の能力の優れたC4植物の特性を導入し、高収量を実現する研究も進めているが、「まだまだ実験室段階で、早期に成果をだすのは難しい」とのことであった。

フィリピンのバイテク・トウモロコシ栽培事情

マニラから北に300Kmにあるイザベラ県Cauayan市では穀物トレーダー、農協、農家を訪問し、当地の農業事情やバイテク・トウモロコシの栽培状況について其々から話を聞きました。

フィリピンのバイテク・トウモロコシの栽培面積は80万ヘクタールで、イザベラ県並びにその近郊では、およそ30万ヘクタールが栽培されています。フィリピン全体では、バイテク・トウモロコシの栽培比率は80%くらいですが、イザベラ県ではほぼ100%の農家がバイテク・トウモロコシを栽培しているようです。ちなみに、この地方で生産されているトウモロコシの98%は飼料用トウモロコシで、食用のホワイトコーンは2%ほどだそうです。

Cauayan市内の穀物トレーダー(ミンダナオ穀粒買取会社)では、会社の事業内容について担当者から説明を受けるとともに、施設の見学を行いました。説明によれば、この地方の農家の大半(90%ほど)は、収穫後のトウモロコシを天日乾燥しており、乾燥中に降雨があればアフラトキシン(かび)が発生する可能性が高く、発生すれば大幅に品質が落ちる(商品価値が大幅に低下する)とのこと。このため、ミンダナオ社では、収穫直後のトウモロコシを農家から買い取って、人工乾燥し、皮むき、小分け包装(50kg袋)した上、飼料用に販売するビジネスを立ち上げたそうだ。「2011年から買い取りを始め、すでに10%のシェアを獲得した」とのことで、さらにビジネスが拡大する余地は大きいように思われました。同社の施設は、一日1,800トンの処理能力があり、12基のサイロで合計6万トンのストックが可能な「この地方で唯一」のものとのことでしたが、トウモロコシの収穫は3月以降となるため、訪問時には残念ながら作業の様子は見られませんでした。

ミンダナオ社への訪問後、Cauayan市内に2つある農協の一つVilla Luna 多目的農協を訪れ、マネージャーのDeluna氏から話を聞きました。この農協は、トウモロコシやコメ、キャッサバの買い付けを行うだけでなく、資材の販売、ファイナンシングなど多目的事業を行っています。敷地はそれほど広くないものの、穀粒の乾燥機や小規模ながら貯蔵施設も備えられていました。農協はフィリピン全国に1000以上あり、地域組織がその上位に位置し、国レベルの連合団体が最上位にあるとのことで、日本と同様な形態であるように思われました。この農協の組合員数は700名ほどで、その全てがバイテク・トウモロコシ(飼料用イエローコーン)を栽培しているそうです。Deluna氏自身も農家に生まれましたが、若いころは船乗りとして神戸や横浜、小樽などにも行き、その後、三輪車(トライシクルというフィリピン版タクシー)の運転手も経験したそうです。彼がバイテク・トウモロコシの栽培を始めたのは、2002年に圃場試験を経験してからで、その後、安全性に確信を持ったため、積極的に拡大してきたとのことでした。農作業が楽になり、除草剤や殺虫剤の使用が減り、収量がかなり増え(30%以上は良くなった)、植付け時期の自由度が増したなど、大いにメリットを感じていると語っていました。また、Deluna氏が所有する農地は、元々0.5ヘクタールほどしかありませんでしたが、収入が増えたため、いまでは、バイテク・トウモロコシ22ヘクタール、水稲6ヘクタール、ココヤシ15ヘクタールを所有するまでになったそうです。バイテク・トウモロコシの栽培により収量が増え、この結果、農協の扱い量も増加するので、とても有難いと話していました。

その後、Cauayan市の郊外にあるバイテク企業の農家研修センター(とは言ってもトウモロコシ畑にテントが張ってあるだけ)を訪問し、担当者に話を聞きました。企業の圃場であり、究極的には企業の扱う種子を使ってもらうことが主目的ではあるものの、バイテク・トウモロコシを栽培する農家に、バイテク種子の特質や統合病害虫管理、スチュワードシップを教育することも大事な役割だそうです。圃場では、3月以降の収穫時期にそなえ、慣行栽培とバイテク栽培との比較展示や、フィリピンのトウモロコシ栽培の歴史をたどることができる栽培展示も準備されていました。担当者によると、古い昔は、フィリピンには食用のホワイトコーンしかなかったが、30年前くらいから飼料用のイエローコーン(ハイブリッド種子)が植えられるようになり、農薬も一部使用されるようなった、その後、害虫抵抗性のトウモロコシや除草剤耐性のトウモロコシが導入され、現在ではスタック形質のイエローコーンが主流となった、ということです。

圃場見学の後、近隣農家の方々3人に話を聞きました。いずれも2004-5年からバイテク・トウモロコシの栽培を始めた農家でした。一人目の農家(38歳)は、「バイテク・トウモロコシの栽培を始める前は1ヘクタールに満たない農地しか持っていなかったが、バイテク・トウモロコシの栽培により収量が向上し、手取り収入が増えたため、徐々に農地を増やし、現在は10ヘクタールを所有するまでになった」、「この他、40人の農家(面積では100ヘクタール)にファイナンシングを提供できるまでになり、自身のオートバイも買うことが出来た」と話していました。二人目の農家(33歳)は、「現在4ヘクタール(トウモロコシ3ヘクタール、水稲1ヘクタール)を所有しているが、バイテク・トウモロコシの栽培以前は0.5ヘクタールだけだった」、「利益が高いため、徐々に農地を買い増して4ヘクタールになったが、将来は8ヘクタールに拡大したい」と夢を語っていました。三人目の農家(62歳)も、「現在7ヘクタールを所有しているが、バイテク・トウモロコシの栽培で農地を増やすことができた」と語っていました。三人とも、バイテク作物は栽培の管理がし易くなるのが最大のメリットで、「殺虫剤の散布が3回から1回に減った」、「除草の手間が減った」、「アワノメイガを気にする必要がなくなったので、作付け時期を幅広くとれるようになった」、「収量が向上し、最終的に正味の利益が(かなり)増えた」など、大きなベネフィットがあると話していました。

ちなみに、バイテク作物を導入する際に不安はなかったかとの質問をしたところ、「Btコーンは虫が死ぬのに人間は大丈夫なのだろうかとの不安はあったが、栽培しても人間には影響はなく、安全だと確信するようになった」、「バイテク作物への反対派は、2002年当時にはいたが、現在この地域の農家は誰も反対していない、反対派はいなくなった」とのことでした。

農家の方々は、今後のバイテク作物に期待する性能として、耐乾燥性、倒伏軽減(台風が多いため)、コーンホッパー(ウンカ・ヨコバイ類のような吸汁害虫)への抵抗性、などを挙げていました。

さらにCauayan市のとなり町、イラガン市の農家を訪問し話を聞きました。この農家は夫婦で4ヘクタールを経営しており、農業の傍ら、旦那さん(33歳)は消防署に勤め、奥様(33歳)も小学校の先生を務めています。バイテク・トウモロコシは2年前から栽培し始めたそうで、「バイテク作物にしてから、自由に使える時間が増え、農業以外の仕事ができるようになった」、「従来の正味利益(1作季あたり)が、ヘクタールあたり1,000ドルだとすれば、GMは1,400ドルくらいになった」と言い、「畑の耕起や農薬散布、施肥、収穫時には応援の人を多数雇っていたが、バイテク作物ではこれらのコストが抑えられる」、また、「従来の作物は、傾斜地では手間がかかり過ぎるので栽培できなかったが、バイテク作物は手間がかからないので傾斜地でも栽培できる」など、数々のメリットがあり、とても助かると話していました。バイテク作物を栽培する際に、不安や、周りの反発がなかったかと聞くと、「Btコーンで虫が死ぬのをみて不安だったが、栽培しても問題もなく、様々な研修機会で情報を入手し、安全だと確信するようになった」、と話していました。

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現地を訪れるまでは、参加者のいずれもが「バイテク作物は、本当に現地で受け入れられているのだろうか?」とのかすかな疑問を抱いていましたが、IRRIの方々の熱意のこもった話や、栽培農家の生の声に接し、バイテク作物の栽培が、農家に確実なベネフィットをもたらし、国や地域の経済にも貢献していることが実感でき、改めて「百聞は一見にしかず」という想いを胸に、フィリピンでの視察を終えました。

以上、簡単ですがフィリピン・バイテク作物事情のご紹介とさせていただきます。

バイテク情報普及会 事務局 (鈴木)

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