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つくばメディアツアー:国内における遺伝子組み換え作物研究最前線
バイテク情報普及会は、7月23日、第3回つくばメディア見学会「国内における遺伝子組み換え作物研究最前線」を開催しました。約20名の新聞、雑誌、テレビ等報道関係者にご参加いただき、(独)農業生物資源研究所および(独)農研機構 作物研究所を訪問し、 圃場、特定網室、研究室の見学および説明会、研究者との意見交換会を実施しました。
最初に、農業生物資源研究所を訪問し、遺伝子組み換えトウモロコシ、大豆の圃場を見学しました。
農業生物資源研究所のトウモロコシの圃場には、害虫抵抗性および除草剤耐性トウモロコシ(Bt11)と非組み換えトウモロコシが比較栽培されています。つくばは害虫が多く、このような地域では、害虫の被害を受けない組み換え作物は収量確保に効果的です。除草剤耐性大豆の圃場では、通常のやり方で除草した区分が雑草に覆われている一方で、特定の除草剤を使用して除草した遺伝子組み換え大豆の区分では大豆がすくすくと伸びる様子を観察することができます。
●圃場見学の後、遺伝子組み換え研究推進室の田部井豊氏より「遺伝子組み換え農作物の利用の現状と国民の受容について」の説明と実際に遺伝子組み換えトウモロコシを試食する機会が設けられました
遺伝子組み換え農作物の商業栽培は、2008年、25ヵ国で1億2,500万ヘクタールに拡大。大豆、トウモロコシなどの穀物供給の大部分を輸入に依存する日本には、米国、カナダなどから大量の遺伝子組み換え農作物が輸入されています。
国内では、一般的に、遺伝子組み換え農作物の国民の受容は進んでいないと思われていますが、様々な意識調査結果から消費者の認識、消費実態は変化してきていることが分かります。遺伝子組み換え技術についての理解を促進し、国民の受容を高めるために、市民参加型の展示圃場や情報発信活動を行っています。
●続いて、遺伝子組み換えカイコ研究センターの瀬筒秀樹氏より「遺伝子組み換えカイコによる繭を用いた製品開発」についてご説明いただきました。
医療用素材の最先端技術として、身体に優しく手術の縫合糸として使われている絹に、遺伝子組み換え技術を用いて細胞接着性の因子を組み込むことで、5ミリ以下でも詰まりにくく、やがては自分の細胞が血管の中に伸びていく人工血管の研究が進められています。
遺伝子組み換えカイコの繭からとった絹糸で作った製品は、繊維業界やファッション業界から注目を集めており、オワンクラゲやサンゴ由来の蛍光・色素遺伝子をカイコに組み込んだ蛍光カラー絹糸や、遺伝子組み換えによる極細繊度繭で世界一細い糸が開発されています。展示された蛍光カラー絹糸製品が実際に青色LEDに照らされて光るのを見た後、質疑応答および意見交換が行われました。
●質疑応答
【Q1】:遺伝子組み換えカイコを一般の農家で飼う際に必要な条件は何ですか。
【A1】(瀬筒氏、田部井氏):カルタヘナ法という法律をクリアする必要があります。拡散しないという証明をデータとして提示するなど、今後管理手法の確立が必要になってきます。またカイコを不妊化するという技術も進めています。
【Q2】:現在、実験室ではなく屋外で飼育されている遺伝子組み換え動物はいますか。
【A2】(瀬筒氏、田部井氏):現在のところまだいないと思います。開発されているのは食用ではなく医薬成分を作らせるヤギなどの遺伝子組み換え家畜が主なので、実験室など閉鎖的な施設内での飼育のみです。
【Q3】:スギ花粉症緩和米は、農林水産省と厚生労働省、どちら主導の安全性確認を行っていますか。どちらの治験をもとにしているのかを教えてください。
【A3】(田部井氏):スギ花粉症緩和米は明らかに予防効果を狙ったもので薬とみなされます。これからの安全性評価は薬事法に基づいて厚生労働省で行われます。
【Q4】:スギ花粉症緩和米を大量栽培するには、おそらく一般圃場で栽培しなければならないと思うのですが、厚生労働省による治験が行われるのは隔離圃場または一般圃場のどちらで行なわれますか。
【A4】(田部井氏):治験も数段階に分かれていて、治験の第1相及び第2相前半は、今年度の補正予算で建築予定の植物工場の中で作ったものを供試する予定でいます。しかし、それ以降の段階になると数トン単位でスギ花粉症緩和米が必要となるため、外で作らないと足りなくなってきます。このような医薬用の遺伝子組み換え農作物は世界でも前例がないことですので、扱いをどのようにするべきか今後、開発者側と厚生労働省側が協議しなくてはならないと思います。
【Q5】:どの遺伝子を組み込めば花粉症が緩和されるかは分かっていると思いますが、それをコメに導入する理由を教えてください。例えば、ビタミンAを含むコメは食料の少ない地域に食べ物として供給する際に一緒に栄養を添加して摂取するメリットがあります。しかし、日本の現状を考えると、アレルギーの緩和をしたい人は食料とは別に、サプリメントや医薬品などで別途摂取することが可能だと思います。これを一緒にすることの理由はどこにあるのでしょうか。
【A5】(田部井氏):理由は3つあります。1つ目は、コメの可食部の中に消化されにくいプロテインボディと呼ばれる物質を貯蓄する箇所があり、そこに蓄積させると消化されずに腸管まで届けやすい性質があります。免疫寛容(アレルギーの過剰反応を抑える)には、腸管まで届くことが重要になってくるので、デリバリーシステムとしてコメが優れているのです。2つ目の理由は低コストで特定のアミノ酸・ペプチドをつくることができるという点です。3つ目の理由は、他の微生物で作る場合、生成の過程で人間に感染する微生物が混入する可能性が考えられます。しかしコメに感染する病原菌は人間に感染しないので、安全に扱えます。このようにデリバリーシステム、コスト、安全性の面から、コメは非常に優れた貯蔵機関であり、生産システムですので、これを最大限利用したいと考えています。
●次に作物研究所を訪問し、特定網室にて高トリプトファン含量イネと遺伝子組み換え大豆、研究室にてパーティクルガン法によるコムギの遺伝子導入を見学しました。
稲遺伝子技術研究チーム 大島正弘氏より「高トリプトファン含量イネ」についてご説明いただきました。
トリプトファンとは、動物の体内では合成できない必須アミノ酸のひとつで、穀類に含まれる量が少ないため、現在はブタやニワトリの飼料に添加する必要があります。今回試験しているイネは、このトリプトファンを従来の植物より多く蓄積出来るようにしたもので、これにより飼料へのトリプトファン添加の必要がなくなるとともに、家畜の排泄物(環境負荷)の軽減が期待されます。(このイネは、見学会時は特定網室にありましたが、7月30日付けでカルタヘナ法に基づく第一種使用規程が承認され、8月3日に隔離圃場での試験栽培が始まりました)
●大豆生理研究チーム 小松節子氏より「遺伝子組み換え大豆研究の現状と展望」についてご説明いただきました。
日本における大豆の研究の最大の課題の1つは、畑作物は耐湿性が低く水田転換畑での栽培が困難という点です。大豆の湿害発生機構は複数のタンパク質で制御されており、単一遺伝子の改良では解決できないことが分かっています。そこで、湿害応答性遺伝子の複数種類の遺伝子群を導入し、湿害耐性大豆の作出を目指した遺伝子組み換え研究が進められています。
●麦類遺伝子技術研究チーム 安倍史高氏、川口健太郎氏より「小麦遺伝子組み換えに関する研究」についてご説明いただきました。
コムギは乾燥地域を起源とした乾燥に適応する作物であり、過剰な水に対して有効な遺伝資源がほとんどありません。従来の交配育種では湿害や穂発芽に対する飛躍的な耐性獲得は困難とされており、遺伝子組み換え技術に期待がかかっています。今回実際に見ていただくパーティクルガン法の導入方法は、アグロバクテリウム法と比べて、導入効率が高く、広範にわたる種に適用できるという利点を持ちます。一方で、過剰に遺伝子が組み込まれやすいため、内在の遺伝子の破壊による奇形や不稔が生じやすいといった欠点があります。
●最後に、会場を移して作物研究所の研究者の方々と、質疑応答、意見交換が行われました。
【Q1】:遺伝子組み換え作物の栽培が認可されても、なかなか国内で栽培されにくく、特に大豆、小麦はもともとの栽培地帯も少ないと思うのですが、その中で遺伝子組み換え作物を世の中で使ってもらうために取り組んでいることはありますか。
【A1】(大島氏):イネの場合、国民の方々の理解を進める啓発活動をしております。どんな生命の遺伝子も組み換えられるという点が遺伝子組み換え技術の最大のメリットですが、現状では種の違う遺伝子を導入することに抵抗感を感じる方がまだ多くいます。そのため同じ結果が得られるのであればイネの遺伝子を使ってイネに戻す手法を取り入れています。誤解の無いように申し上げますと、安全が確認された遺伝子の使用は問題無いのですが、受け入れのハードルを下げて出来るだけ受け入れていただきたいと考えています。
【Q2】:今日紹介していただいた作物の実用化はいつ頃になるのでしょうか。目処がついているものがあれば教えてください。
【A2】(大島氏):実用化までは品種として完成するという段階や、さらに大規模に種子を増やす段階など、様々なステップがあります。組み換え体については、屋外栽培の評価が終わるというのがひとつの目標となります。高トリプトファン含量イネについては、品種の完成を目指してさらに改良を進めています。はっきりとした時期は申し上げられませんが、数年後に改良型のイネの隔離圃場栽培試験を実施したいと考えています。
【Q3】:世界の人口は増え続け、食糧不足がグローバルな課題となっている中で、もう少し多収性にフォーカスしても良いのではという印象を受けました。本日説明された作物は利便性を追及している品種がほとんどでしたが、農研機構の中で多収性の研究は進められているのでしょうか。
【A3】(大島氏):多収性は農研機構でも最大の目標です。ただ、「この遺伝子を導入すれば多収」という遺伝子は現在はっきり見えてきていません。むしろ発展途上国では病害虫害による減収が多く、課題になっているため、この減収を改善することで、トータルの収量は上がると考えています。イネの研究で多収性の追求というのは、育種の研究での最大の実験目標であり、組み換え体でも基礎研究として取り組んでいるので、やがては遺伝子組み換え技術でも多収性を最大の目標とすることになると思います。
(小松氏):大豆の場合も、多収は最大の目標ではありますが、大豆の場合は湿害や、湿害からくる病気が収量減少の大きな原因です。これらを解決することで、収量を上げることが出来ると考えています。
(安倍氏):麦も同じく、多収性というのは一番重要と考えています。本日は実際解決しなければならない問題に対し、遺伝子組み換え技術を活用できるものをご紹介しました。やはり農業で一番の課題が多収であることは間違いないと思います。