五十嵐美樹さんに聞く!(サイエンスエンターテイナー)科学に感動した原体験を
子どもたちに伝えたい
バイテク情報普及会では、遺伝子組み換え技術について正しい情報をわかりやすく伝える動画「バイテククイズ王」を制作しました。
サイエンスエンターテイナーとして活躍する五十嵐美樹さんとお笑い芸人のTOKYO COOLさんに出演していただき、遺伝子組み換え技術について楽しんで学べるユニークな動画となりました。
動画収録後、五十嵐さんにご自身の活動や遺伝子組み換えについてお話を伺いました。
科学に感動した原体験を子どもたちに伝えたい
五十嵐さんのお仕事について教えてください。
五十嵐:私は、子どもたちが科学に触れるきっかけを作るための科学実験教室やサイエンスショーに出演する他、『レッツサイエンス! 科学実験&工作』など、科学についての書籍を執筆したり、NHK高校講座の「化学基礎」という教育番組に鈴木福くんと一緒にレギュラーを務めたりしています。
五十嵐さんのお仕事はサイエンスコミュニケーターではなく「サイエンスエンターテイナー」なのですね。
五十嵐:最初の頃は、商業施設などで科学実験をすると、科学に興味がある人達が立ち止まって見てくださりました。科学に関心のない人達にも振り向いてもらうためにはどうすればいいかを考え続け、そのひとつの手段として、私が得意とするヒップホップダンスを交えたサイエンスショーを編み出しました。そのショーを全国各地で行っています。まずは子どもたちの興味を引いて立ち止まってもらい、そこから科学に関心を持ってもらうことを目指しています。
精力的に活動されていますね。
五十嵐:私が行なう実験やショーは場所を選ばないことと、誰でも無料で参加できることにこだわっています。文化会館や商業施設はもちろん、お寺や道端でもやってきました(笑)。
五十嵐さん自身は、どうして科学に興味を持ったのですか?
五十嵐:中学校で行なった実験がきっかけです。その実験は、三角柱のガラスのプリズムに白色光を当てると、虹のような光の帯が現れるというものでした。それを聞いたときは「ああ、そうなんだ」という感じだったのですが、これを「虹の原理」と言われたとき、急に「凄い」と思ったんです。「自分の身近なところに科学はあるんだ」と気付いたことで、科学に興味を持つようになりました。その原体験が今も続いています。
科学を教えるのではなく、科学で感情を動かす役割
そこからサイエンスエンターテイナーの道に進むのですね。
五十嵐:虹の実験で感動し、感情が動くという経験をしました。これが私にとって最も大きなことでした。私のように科学で感情が動く経験を子どもたちにもお届けしたい。そのためにエンターテインメントで魅せて、「ショーは楽しかったな」とか「一緒に実験できて楽しかったな」と思ってもらえたらと考えています。
科学実験教室やサイエンスショーなどで心掛けていることは何ですか?
五十嵐:言葉で説明するだけでなく、自分なりの表現の工夫をすることです。例えば私の場合はダンスを交える、自分自身が感動した原体験を自分の言葉で話す、見せるだけでは物足りない場合は実験キットを作る、一つのテーマをもとに全体の構成を考える、感情が動くような言い回しや実験の演出を考える、など。すると子どもたちはその場自体を楽しんでくれます。
また、最も重要なのは、その地域に住む子どもたちが何に興味があるのかを知ることだと考えています。例えば九州の大分県に行ったら、別府温泉のお湯を使って実験をしたりしました。子どもたちにとって身近な話題であればあるほど、関心を示してくれるように思います。
感情を動かして関心を持ってもらうことが重要なんですね。
五十嵐:そうですね、自分自身がそうでしたので。それから私は、子どもたちに「自分で仮説を立ててもらう」ことをやっています。仮説を立ててもらい、それから実験をしてみる。その結果をどうすれば応用できるかも考えてもらう。情報を伝えるというより、まず問いかけて考えてもらうことを心がけています。
また、ショーには子どもたちだけでなく保護者の方もいらっしゃるので、一緒に考えてもらうことをいつも意識しています。そうすることで保護者の方にも楽しんでいただける時間になりますし、子どもがどのような考えを持っているかを知ることもできます。「実は科学とか好きだったんだね」と帰り際に保護者との会話が生まれたことも何度もあり、そういったきっかけになればと思っています。
遺伝子組み換えは社会課題を解決できる
遺伝子組み換え作物や遺伝子組み換え作物を使った食品について、どのようなイメージをお持ちですか?
五十嵐:遺伝子組み換えには興味があります。社会にはSDGsで取り上げられているようなさまざまな課題がありますが、遺伝子組み換え技術は学べば学ぶほど、食糧問題や環境問題などの社会課題を解決する糸口になると思えてきます。今後、どのように発展を遂げて、社会にどう影響するのか、注目していきたい技術ですね。
正しい情報を知るきっかけをつくる
遺伝子組み換え作物を使った食品が私たちの生活を支えている一方で、遺伝子組み換えは不安だと思っている人も多いようです。
五十嵐:ネーミングのイメージなんでしょうか?遺伝子組み換えがどういうものか、よく分からないという不安がある方もいると思います。例えば、学生時代に教科書で遺伝子について習ったとしても、社会に出てから遺伝子を組み換えると何が起こるのか、タンパク質が体内に入るとどうなるかなど、詳しく知る機会があまりないということも、一つ考えられることなのではないかと思います。自分のサイエンスショーでも意識をする部分ではあるのですが、教科書で学んだことを社会と紐づけをする機会を作ることも重要だと思います。
例えば、人間が昔から行なってきた品種改良と遺伝子組み換えが、同じということを理解してもらうにはどうしたらよいのでしょうか
五十嵐:品種改良も遺伝子組み換えも食糧問題に貢献できる技術ですが、そのことを知る機会がなかなかないですよね。まずは第一歩として、知るきっかけをつくることは草の根運動として大事なことだと思います。
そのためにはそもそも遺伝子組み換えについて関心を持ってもらうことも大切だと思います。サイエンスショーの場合ですが、その地域にとって身近なことに関連する実験だと興味を示していただくことが多いように思います。例えば、発電所がある地域の人たちに発電技術の話をすると、見たことがあったり行ったことがあったりと自分事化していて、子ども達の反応が良いことがあります。その点、遺伝子組み換えは誰にとっても身近にある技術であるため、本来は誰でも自分事化できる内容のように思います。
今回、遺伝子組み換えについて伝える動画を専門家の皆様と一緒に作ることができて良かったと思っています。遺伝子のことを話すだけでは理解しづらいものですが、クイズ形式の動画なので視聴者の方にも参加しながら楽しんでいただけたらと思います。私が普段心がけている、感情が動くような演出で正しい情報を伝えることは大事かもしれないですね。
若い世代は社会課題解決に関心
バイテク情報普及会による消費者意識調査では、「遺伝子組み換え食品についてどのようなイメージを持っているか」という問いに対し、若年層ほど「良い」「どちらかといえば良い」イメージを持っている人の割合が高いという結果があります。
出典:バイテク情報普及会(2021年)遺伝子組み換え/ゲノム編集食品に対する消費者の意識調査(20~50代の男女 合計2,000人)
https://cbijapan.com/wp-content/uploads/2022/03/2021_CBIJ_Consumer_Survey_on_GM.pdf
五十嵐:私は、東京都市大学人間科学部特任准教授をしており学生と関わる機会も多いですが、SDGsや地球環境に対して危機感を持っており、自分も何かで貢献したい、そのために自分から情報を取りに行くという人が多いと感じます。課題解決型の授業を担当していて特にそのように思うのですが、遺伝子組み換えについて学んでいくことで、活用方法を考えたいと思う方もいるのではないでしょうか。
メリットもデメリットも伝える
新しい科学や技術について、多くの人に正しく理解してもらうためにはどのような工夫が必要だと思いますか?
五十嵐:メリットやデメリットなどさまざまな視点から伝えることです。そこに私の意見は入れません。私はこう思うということよりも、こういう事実があると伝える。意見と事実は違うので、私の役割としては事実を伝えることを意識しています。
デメリットも伝える?
五十嵐:そうですね、事実を楽しく伝えることに貢献したいと思っています。どのような技術にしても、どういうことが起こり得るかの情報は伝えたり、そのうえで考える機会を作ったりすることは意識をしています。
もちろん、そのためには子ども達の様子を掴んだり、聞かれたらちゃんと答えられるようにしておかないといけません。ただし、最後は子どもたちに自分で考えて欲しいので、そこまで持っていけるような伝え方を考えます。
子どもたちに「どうすればいいと思う?」と聞くと子どもたちは自分自身でいろいろ考え、時には大人が思い付かないようなアイディアが出てくることもあります。考えるためにもまず今日収録した動画を見て、遺伝子組み換えについて勉強したり議論したりするきっかけにしていただければと思います。
科学を楽しみながら、リテラシーを高める
海外と日本でサイエンスに対する意識の違いはありますか?
五十嵐:日本の学生は、理科の学力は男女とも国際的にトップレベルです。しかし、理科は楽しいか、日常生活に役立っているかという質問をすると、小学生までは国際平均より高いのですが、中学生になると国際平均を大幅に下回ります。つまり、理科の勉強はできるが、理科を学ぶことが楽しいとか、日常生活に役立つとは思っていないということが言われてきているわけです。
私は、『Falling Walls Science Breakthrough of the Year 2022』サイエンスエンゲージメント部門にて日本人で初めて世界20人に選出され、ドイツでサイエンスショーを行ないました。そこには多様な国から科学を伝える方々が集まったのですが、日本で行なわれている科学イベントを伝えたら驚かれて、私が驚きました。
日本では、理科離れが叫ばれるようになってから科学イベントやサイエンスショーが盛んになり、さまざまな表現方法で科学を伝えている方がいらっしゃいます。子どもたちも科学実験やショーに親しんでいる印象はあります。また、子ども向けの科学実験キットのクオリティも高まっていると思います。これを上手く活用していきたいですね。
インターネット上には、様々な情報があり、根拠のない情報もたくさんあります。科学に対するリテラシーを身に着けるには、どうすればよいでしょうか?
五十嵐:「出典をたどる」という当たり前のことをやるということになると思います。SNSの誰かの意見をそのまま信じたくなることもあります。でも、それは事実なのか、さらに自分で調べることが大事だと思います。また普段から、時に失敗をしたりしながらも科学を楽しみ、親しみを持つこともリテラシー向上につながっていくと思います。
自分で課題を見つけて行動すること
最後に、日本の未来を担う若い世代の方に伝えたいことはありますか?
五十嵐:「なぜ、こういうことになるんだろう」と自分で課題を見つけて、その解決策について頭で考えるだけでなく行動をして欲しいと思います。
私自身、サイエンスエンターテイナーとして全国を回り、子どもたちと会ってはじめて、自分ができることとできないことに気付くことも多くあります。なので、何か行動できることを見つけて、一歩を踏み出すことが大切だと思います。
- 五⼗嵐 美樹(いがらし みき)サイエンスエンターテイナー
- 上智大学理工学部機能創造理工学科卒業後、
2018年4月より東京大学大学院情報学環・学際情報学府修士課程に進学、
科学コミュニケーションを専攻。
2020年に修士課程を修了後、同大学の客員研究員に就任。
2022年からは東京都市大学人間科学部特任准教授に就任。
サイエンスエンターテイナーとして、科学の面白さを伝えるための科学実験教室とサイエンスショーを全国各地で開催している。