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フィリピンにおけるゴールデンライスの動向について
掲載日:2025年6月2日
フィリピンにおけるゴールデンライスの導入は、長年にわたる研究と規制の過程を経て進められてきました。ゴールデンライスとは、遺伝子組み換え技術によって開発されたβ-カロテン(体内でビタミンAに変換される栄養素)を多く含むイネです。発展途上国では、ビタミンA欠乏により年間数十万人の子どもが失明し、その半数が半年以内に命を落としているとされており、主食であるコメからビタミンAを摂取できる手段として、ゴールデンライスの開発が進められてきました。
このイネの開発は、国際稲研究所(IRRI)とフィリピン農務省米研究所(DA-PhilRice)が約20年にわたり共同で取り組んできたものです。2021年7月にはフィリピン政府の植物産業局(BPI)から商業栽培のためのバイオセーフティ許可が発行されました。2022年には国家種子産業評議会(NSIC)によって品種名「Rc682GR2D」として登録され、「Malusog Rice(健康な米)」というブランドでの普及準備が進められていました。さらに同年10月、害虫抵抗性を持つBtナスについても、(フィリピン大学ロスバニョス校(UPLB)に対して商業栽培許可が出されました。
しかし2022年10月17日、環境・市民団体(MASIPAG、Greenpeace SEA、SEARICEなど)が、ゴールデンライスとBtナスの環境への影響に懸念を示し、最高裁判所に「自然環境保護命令(Writ of Kalikasan)」および「継続的Mandamus(政府機関に義務の履行を命じる命令)」を請願しました。これを受けて、2023年には最高裁が控訴裁判所に審理を移し、2024年4月17日、控訴裁判所は以下のような厳しい判断を下しました。
- 環境保護命令の付与
- 被告の政府機関に対する継続的履行命令の発出
- ゴールデンライスの商業栽培許可の撤回
- DA-PhilRiceおよびUPLBに対し、関連するすべての商業活動の中止を命令
- 遺伝子組み換え生物(GMO)に関連するすべての新規申請(圃場試験、輸入、食品または飼料としての使用を含む)の停止を命令、法的要件の遵守が証明されるまで凍結
- 関係政府機関に対し、モニタリング体制の強化および既存の合同省庁通達(JDC1-2021)に基づくリスク評価手続きの改訂について、詳細な報告書の提出を命令
その後、2024年8月15日に控訴裁判所は判決を一部修正し、対象をゴールデンライスとBtナスに限定し、その他のGMO申請(閉鎖系での使用、圃場試験、食品や飼料としての直接使用、加工、商業栽培、輸入)には適用しないとしました。現在、Btナスの被告は最高裁に控訴審査を求めており、ゴールデンライスの被告は「仮差止命令」または「予備的差止命令」を求める「憲法上の上訴申立(certiorari)」を提出しています。フィリピン最高裁は、まだ最終判断を下していません。
その一方で、科学界からは、この判決がフィリピンのバイオテクノロジー政策全体に悪影響を与える可能性があるとの懸念が示されており、合理的かつ科学的根拠に基づいた政策論議が必要であるとの声が上がっています。
このように、ゴールデンライスをめぐるフィリピン国内の状況は、一作物にとどまらず、国家の食料安全保障、環境政策、科学技術政策にも深く関わる課題として浮上しています。今後の裁判所の判断と政府の対応は、フィリピンにおける遺伝子組み換え作物の未来を大きく左右する、きわめて重要な岐路となるでしょう。
※ゴールデンライスについては、次のページもご参照ください。
メリットとデメリット-「隠れた飢餓」との闘い:ゴールデンライス
【参考】
控訴審が、ゴールデンライス、Btナスの商業栽培を禁止(2024年4月17日判決)
https://www.philstar.com/business/2024/04/25/2350395/philippine-court-blocks-gmo-golden-rice-production-over-safety-fears
PhilRiceが控訴審判決を受け取ったとのレポート
https://www.philrice.gov.ph/philrice-acknowledges-court-of-appeals-decision-granting-the-writ-of-kalikasan-against-golden-rice-in-the-philippines/
控訴審判決(4/17)に関する記事
https://www.science.org/content/article/what-philippine-court-ruling-means-transgenic-golden-rice-once-hailed-dietary
控訴審判決が修正された(8/15)ことに関する記事
Court of Appeals narrows scope of GMO ruling after gov’t motion – BusinessWorld Online
科学界の懸念
https://businessmirror.com.ph/2024/05/12/genetically-engineered-food-crops-on-trial/
PhilRiceが最高裁に「仮差止命令」または「予備的差止命令」を求める「憲法上の上訴申立(certiorari)」を提出したことに関する記事
https://www.philstar.com/business/2024/11/10/2398904/lift-ban-golden-rice-high-court-urged