GMO Answers
質問
分子利用育種技術(遺伝子マーカー利用育種)とは何ですか?遺伝子組み換え技術とは違うのでしょうか?農業バイオ技術に関係するものでしょうか?
回答
一目で分かる回答:
- 遺伝子組み換え技術は、私たちが利用するすべての生物―植物や動物、あるいは微生物―の遺伝子構成を変化させるために使われてきた多くの技術のうちの一つにすぎません。
- 遺伝子組み換え技術は、絶え間なく行われてきた作物の遺伝子改変の営みにおいて次世代技術を象徴するもので、遺伝子導入に障害となる分類学上のあらゆる壁を取り除きます。
- 遺伝子組み換え技術による遺伝子改変と選抜育種のもう一つの違いは、作物に導入される遺伝子の数です。遺伝子組み換え技術では、新たな有用形質を作る際に、作物には単一の遺伝子だけが導入されます。一方、選抜育種では、何万もの遺伝子が作物に導入されるのです。ですから、遺伝子組み換え技術による遺伝子改変の方が、育種による遺伝子改変に比べより正確です。
- 遺伝子改変を導く技術に違いがあっても、その目的は同じです:作物に有用な形質をもたらすことです。
ご質問をありがとうございます。これは、GMO(遺伝子組み換え)のことを知りたいという方からの質問の中でも、最も大切な質問の一つだと思います。一見すると、基本的な用語集から三つの定義を拾い出すだけで、簡単に答えられる単純な質問のように見えます。しかし、短い簡単な答えでは、これらの技術の科学的根拠を十分に説明できませんし、GMOAnswersに寄せられる質問に回答する科学者として、目的を果たしたことにはなりません。
InfographicfromNature.com.
画像はNature.com.から
これらの技術をきちんと理解していただくには、用語や概念を、歴史的背景に照らしながら説明するのが、最も分り易いかと思います。先ず、「バイオテクノロジー」という言葉から始めましょう、これは簡単です(取りあえず「農業」という言葉は後回しにしておきます)。「バイオテクノロジー」という言葉は、「バイオ」と「テクノロジー」が組み合わされたものですから、その定義は次のようになります:
「バイオテクノロジー」-生物を利用して、何か有益なこと、あるいは実用的なことを行うこと。例えば製品を作る、問題を解決するなど。
この定義をご覧になれば、バイオテクノロジーには人類と同じくらい古い歴史があることに気付き、驚かれるのではないでしょうか。生物は常に様々な製品を提供してきました。例えば食品や衣類などです。また、食品を保存するなどの問題も解決してきました。
人間は、長年にわたり、生物を利用して生活必需品を供給し、問題を解決してきました。そして、私たちの祖先は、彼らのニーズをより効果的に満たすために、生物を変えはじめたのです。最も端的な例としては、様々な生物の家畜化のプロセスが挙げられます:野生の植物や動物は、それらの遺伝的構成を変化させることで、私たちが栽培する作物や飼育する家畜へと改変されてきました。
実用目的に合うように生物を利用すること、つまりバイオテクノロジーは、より実用目的に適した形質を選び出し、そうでない形質を排除するために、遺伝子改変を通して生物を変化させること、と密接に関係しています。生物を利用し、遺伝子を変えていくという様式は、植物の栽培化や動物の家畜化にとどまらず、問題を解決し製品を生産するために私たちが利用する全ての生物に及んでいます。例えば、パンやワインのような発酵食品を作る酵母菌;抗生物質やその他の医薬を自然に作り出す植物やカビ、バクテリア;廃棄物や汚染物質を分解する微生物;ワクチンの基となるウイルス;ビタミン、アミノ酸、ペクチンやクエン酸などの食品添加物を生産する植物やバクテリア、などが挙げられます。
「バイオテクノロジー」や「遺伝子組み換え生物」という言葉が、農業や医薬製造、食品加工、環境修復、その他の産業部門で使用される全ての生物に対して適用されるのであれば、なぜ「バイオテクノロジー」や「遺伝子組み換え生物」は、あたかも全く新しい技術であるかのように論じられるのでしょうか?1960年代から70年代にかけ、生命科学に関する知識は、私たちが生命体をその最も基本的な部分である「細胞と分子」のレベルで理解できるまでに深まりました。このような理解の深化により、私たちは、特定の目標を達成するために、生命体全体ではなく、細胞や生体分子を利用することができるようになりました。そして、次のような定義を導き出すことに繋がりました。
「現代バイオテクノロジー」-生物の細胞や分子を利用して、何か有益なこと、あるいは実用的なことを行うこと。例えば製品を作る、問題を解決するなど。
実際には、人間は、このような実用的目標を達成するために、常に生物の細胞や分子を利用し変化させてきました―食品や衣類を供給し、食品を発酵させて保存し、廃棄物を分解するなど―しかしながら、私たちは何世紀もの間、細胞を利用し分子を操作しているとは知りませんでした。私たちが使用し変更していた細胞内プロセスや分子機能についての理解が欠如していたということは、私たちは、科学的理解に基づかず、経験に頼った試行錯誤によって、生物を利用し操作していたと言うことです。時代が進み、科学の力により生物内の働きが明らかになるにつれ、生物を使い変化させる私たちの能力は高まりました。現在、私たちは細胞内プロセスを、最も基本的なレベル、つまり分子レベルで理解しています。これにより、私たちは、操作が及ぼす効果をより正確に予測することができるだけでなく、望む変化が確実に起こるようにすることも出来るようになっています。
現代バイオテクノロジーの定義は、次のように表現することもできます。
バイオテクノロジーは、細胞や生体分子を基にして、新たな製品を作り、既存の製品や手法を改善し、様々な問題を特定し、研究を行うために、多くの産業部門で利用されているツールの一群です。現代バイオテクノロジーには、遺伝子組み換え、モノクローナル抗体技術、クローン技術、細胞培養、バイオプロセス技術、そしてバイオインフォマティックス技術などの手法が含まれます。
バイオテクノロジーの各種ツールのお陰で、私たちは様々なことができ、様々なことを理解することができます。バイオテクノロジーを使って私たちが行っていることの幾つかは、過去にも行われていたことですが、現代バイオテクノロジーを使えは、もっと上手に行うことができます。例えば、ほぼ一世紀の間、医師は1型糖尿病をインスリン注射で治療してきました。現代バイオテクノロジーが現れる以前は、インスリンタンパク質は動物の膵臓細胞から抽出していましたが(「昔ながらのバイオテクノロジー」)、今では注射用インスリンは、遺伝子組み換え(GE)されたバクテリアやGE酵母を使って作られています。このインスリンは人間のインスリンと全く同じであるため、効果が高く、外来タンパク質へのアレルギー反応が起こる可能性も減少しています。
さて、あなたの質問にお答えしましょう!
前述しました現代バイオテクノロジーの各種ツール(やその他のツール)は、農業生産に使われるため、「アグリバイオテクノロジー(農業バイオテクノロジー)」という言葉は、「遺伝子組み換え」よりも、はるかに幅広い意味をもっています。
前述の現代バイオテクノロジーの各種ツールは、それぞれ、「昔ながらのバイオテクノロジー」と歴史的な繋がりをもっており、その連続的な繋がりが、より予測可能かつ正確な方法で生体細胞や生体分子を利用する今日の「現代バイオテクノロジー」をもたらしたのです。より具体的で実用性のある目的を達成する上で、歴史的に連続性をもった技術開発が役立った最善の例が、現代バイオテクノロジーである遺伝子組み換え技術です。
遺伝子組み換え技術は、私たちが利用するすべての生物―植物や動物、あるいは微生物―の遺伝子構成を変化させるために使われてきた多くの技術のうちの一つにすぎません。既に説明した通り、私たちの祖先は何千年にもわたり、植物や動物の遺伝的構成を、彼らの行っていた操作の生物学的基礎を全く知らずに、改変してきました。彼らには生殖や遺伝学の知識は何一つありませんでしたが、交配の結果生まれた子孫がその親に似ることを経験から学んでいました。この最小限の理解は、私たちの祖先に、人為選択という道を拓きました。それは大きな遺伝学的変化に繋がり、野生の植物や動物は、作物や家畜、ペットへと改変されたのです。
生殖や遺伝子について知識が深まるにつれ、育種家たちは、有用な形質をもつ特定の個体を選抜するために、交雑育種を始めるようになりました。作物の場合、このような選択育種による遺伝子改変は、当初は、同じ作物種の間だけに限られていましたが、科学の進歩により、生殖上の自然の壁を回避する方法が明らかになると、植物育種家たちは、自然界では決して交配しない植物同士の交配を行うようになりました。異なる種の植物間の交配は1700年代に始まり、1800年代の後半には、異なる「属」(分類学上、あるいは遺伝学上、「種」の次のレベル)の植物間で、遺伝子を移動させる方法が開発されました。1970年代までには、より遠縁の植物、すなわち「科」の異なる植物からの遺伝物質を組み合わせる技術も、植物科学者たちによって開発されています。遺伝子組み換え技術は、絶え間なく行われてきた作物の遺伝子改変の営みにおいて、次世代技術を象徴するもので、遺伝子導入に障害となる分類学上のあらゆる壁を取り除きます。今や、バクテリア内の遺伝子を、特定の実用的な目的のために作物に組込むことができます。遺伝子改変の歴史について分り易くまとめた記述がこちらにあります(http://agribiotech.info/more-details-on-specific%20issues/files/ParottPlantBReedingfinaltoweb.pdf)。
遺伝子組み換え技術による遺伝子改変と選抜育種のもう一つの違いは、作物に導入される遺伝子の数です。遺伝子組み換え技術では、新たな有用形質を作る際に、作物には単一の遺伝子だけが導入されます。一方、選抜育種では、何万もの遺伝子が作物に導入されるのです。ですから、遺伝子組み換え技術による遺伝子改変の方が、育種による遺伝子改変に比べより正確です。
遺伝子改変を導く技術に違いがあっても、その目的は同じです:作物に有用な形質をもたらすことです。育種では、それぞれの親株の遺伝子の半分が、子株に受け継がれます。受け継がれた半分の遺伝子には、育種家が、その作物に組込もうとしている有用形質をつかさどる遺伝子は、必ずしも含まれている訳ではありません。現代バイオテクノロジーが現れる以前には、育種家たちは、子株が新たな形質をもたらす遺伝子を受け継いだか否かを確認するために、子株の種を蒔いたあと、何か月も、殆どの場合成熟するまで待たねばなりませんでした。現在では、バイオテクノロジーの研究ツールの進歩により、育種家たちは、植物の遺伝情報を直接確認することができるため、新たな遺伝子が組み込まれたかどうか子株が育つまで待つ必要がなくなりました。それどころか、様々な分子手法によって、小さな種子の切片からでも子株に新たな遺伝子が含まれているかどうかを確認できるのです。育種家たちは、時には、その遺伝子を探すための情報を十分もっていることもあります。またマーカーの特定を行う場合もあります。これは新たな形質と共に必ず継承される遺伝子情報です。つまりマーカー利用育種は、とても情報に富んだ効率的な育種方法なのです。マーカー情報があるお蔭で、伝統的な育種法にはつきものの試行錯誤をある程度排除することができ、製品開発にかかる時間を数か月短縮することができます。
ところで、マーカー利用育種に使われる分子技術は、嚢胞性線維症のような遺伝性疾患に係る遺伝子の特定のために研究者たちが使った技術とまったく同じ技術です。
回答者 エイドリアン・マッシー博士回答者
エイドリアン・マッシー博士
Adrianne Massey,Ph.D.
バイオテクノロジー工業会(BIO)、科学規制部門、専務理事