GMO Answers

質問

質問者 gvg801 (ユタ州、ソルトレイクシティ)

ここ何十年かで、私たちの食糧として供給されるようになった遺伝子組み換え食品の内、最初に有名になったものは、恐らく遺伝子組み換え小麦で、これは矮性小麦、あるいは、親しみを込めて「フランケン小麦」と呼ばれたものではないでしょうか。この小麦は、グルテンやでんぷんの含量が高く、肥満や、急速に増えた児脂肪便症、グルテン過敏症を引き起こす原因として取りざたされてきました。この矮性小麦は、GMO食品の危険な一例として見るべきであるのに、どうして、GMOが消費者にとって安全だと言い切れるのでしょうか?

回答

先ず明確にしておきたいことは、遺伝子組み換えあるいはGMOの小麦品種は、市場には存在しないと言うことです。 あなたの言う小麦品種は、従来の植物育種方法を使って「遺伝子組み換え」されたものなのです。この質問からは、いくつかの大事な問題がみえてきます。例えば、小麦の新品種が作られる方法と、標的として実際に役割を果たす形質についてです。ここで採りあげられているのは、植物の背丈ですが、その高さの違いが、小麦の持つその他の特性に影響を与えるか否かが問題なのです。

まず、この問題に踏み込む前に、農業大学や民間会社の科学者たちが、小麦の新品種をどのように作っているのか、その基本的なプロセスを簡単に見てみましょう。 どこで新品種が作られるかに係らず、今日の小麦品種は、親株の交配や子株の選抜など骨の折れる仕事を通じて作られています。これは、いわゆる従来型育種と呼ばれる方法です。現在、小麦の育種は芸術的と言っても良い程ですが、元をたどれば1920年代の米国で始まりました。より厳密に言えば、補完的特性をもつ親株は、自然の受精によって交配され、新たな遺伝子の組み合わせ(新しい遺伝子ではない)を持つ子株が作られます。交配を通じて、わずかでも収量が多くなる可能性がある、病害虫によりよい耐性をもつ、あるいは、一つの植物種から多種多様な栄養素を摂ることを可能にする、などの特徴を持つ子株(新たな遺伝子の組み合わせ)が選抜されるのです。

親株は、多くの場合、古い系統の小麦から選ばれています。これは、現代の小麦の先祖や関連種がもつ生来の遺伝子を改めて導入するためです。この方法では、交配が用いられ、遺伝子組み換え技術は使われていません。しかしながら、遺伝資源として現代小麦の祖先にあたるような種を使い続ければ、ある時点で、資源は枯渇し、次から次へと出てくる病気や害虫、農家が直面する様々な課題に対処できなくなってしまいます。 そのような視点から、大学や民間会社の科学者たちは、小麦の安定的な生産や健康的な消費に不可欠な遺伝資源を新たに開発し獲得するため、技術の導入に取り組んでいるのです。これは将来の話ですが。

従来の育種にもう少し焦点を当ててみましょう。小麦の育種において、世界的に注目を集めてきた特性、形質と言ってもよいかもしれませんが、それは小麦の草丈(背の高さ)です。小麦は進化を続け、其々の環境に適した様々なサイズの小麦が栽培されてきました。その多様性は、古代の小麦から現代の小麦まで、広く認められており、米農務省の国立小穀物コレクションに収蔵された小麦には、12インチ以下のものから60インチ以上のものまであります。参考までに、米国のグレートプレーンズで栽培されている健全な小麦の草丈は、平均して30から35インチ程度です。 私個人の苗圃では、腰の高さ、あるいは若干低い草丈をもつ小麦の後代系統を探します。おそらく、オクラホマの小麦農家が見れば、「あなたの小麦の背は高過ぎる」と言うでしょう。背が高ければ高いほど、重心の位置も高くなり、平原を吹き抜ける風で倒伏しやすくなるのです。農家は迅速に収穫できるよう、適度に背の高い小麦を望みます。とは言え、収穫の時期までに倒伏してしますような高さの小麦でも困るのです。小麦には、生来、極端に短い種類、あるいは「矮性」の種類を生み出す能力があります。しかしながら、これら背の低い小麦は、機械での収穫には不向きですし、豊富な収量を得るためにも有利とは言えません。

小麦の育種家にとって幸いなことに、小麦の草丈に広範な遺伝子多様性があることが、草丈が往々にして稈(茎)の長さに反比例することもあり、ある特定の環境に最も適した品種を開発することを容易にしているのです。例えば、乾燥した環境では、農家は背の高くなる小麦品種を好みますが、雨量の多い環境では、農家は背の低い品種を好むのです。この傾向は、一つの州の中でも当てはまり、雨量の分布パターンによります。

小麦では、複数の遺伝子が、様々な度合で草丈の発現に係っています。科学文献をみると、草丈の発現に係る特定の遺伝子には、名前や番号がつけられており、例えば、背丈を低くするものには「Rht」というように識別文字が付けられています。特定の「Rht」遺伝子、あるいはその組み合わせの存在が、その品種の草丈の発現に係る遺伝子領域を決定します。世界中で栽培されている主要な小麦品種の大半は、「半矮性」の小麦品種です。グレートプレーンズで一般的に栽培されている「半矮性」品種の草丈は、前述した通り、おおよそ30-35インチですが、グレートプレーンズで栽培されるすべての品種が、既知の「Rht」遺伝子を持っているわけではありません。

現在、米国内の品種に存在する「Rht」遺伝子は、心温まる物語とともに、古い19世紀の日本の小麦品種「ダルマ」からもたらされました。1950年代に、小麦育種家であるオービル・ヴォゲル氏とノーマン・ボーローグ氏が、「ダルマ」品種との交配を通じて、草丈を低くする遺伝子を米国の小麦に導入したのです。 彼らの研究は小麦品種の新時代を拓くとともに、やがて緑の革命をもたらし、世界の人々を、栄養不良や悲惨な飢餓から救うことにったのです(詳細はスーザン・ドーキン氏 “The Viking in the Wheat Field” 「邦題:地球最後の日のための種子」  Walker and Co. NYを参照)。小麦やコメの半矮性品種は、かつて飢餓で苦しんでいた国々のすべてを、主要な食料輸出国に変えてゆきました。半矮性品種は、持続可能な農業にも貢献することができます。低めの草丈をもつ小麦品種は、水や肥料などの貴重な資源を、植物体の形成に必要な部分よりも、ヒトが食べる部分に多く振り向けます。以上のように、私は、小麦の草丈の縮小する取り組みは、すべて「出つくした」わけではないと確信しています。公表された研究報告によれば、グレートプレーンズの小麦の平均草丈は、1960年(半矮性品種が出現する前)の39インチから、現在は31インチにまで低下したと指摘しています。

ではここで、植物の草丈と穀粒の栄養素含有量、特にグルテン含有量との関係について考えてみましょう。グルテンは、貯蔵タンパク質として若い小麦種子に活力を与え、穀物のタンパク質として私たちの成長や発達に欠かせない必須アミノ酸をもたらします。ごく簡単に言えば、小麦の貯蔵タンパク遺伝子のほとんどは、「Rht」遺伝子とは異なる染色体上にあります。このため、これら二つの形質が同時に遺伝することはありません。さらに、既に述べた通り、今日米国で栽培されている小麦の近代品種の多くは、「Rht」遺伝子をもっていないのです。

最後になりますが、小麦に含まれるでんぷんとタンパク質の含有量は、反比例の関係にあります。このため、一方の割合が増加すれば片方の割合は低下します。小麦粉の最終用途によって、タンパク質(つまりグルテン)の含有量が多い品種、あるいは少ない品種が選ばれます。また、どのようなタイプのグルテン分子が好まれるかも、最終用途によって異なります。製菓目的の小麦粉には、より熟成したグルテンで、含有量の低い(でんぷんが多い)ものが適していますが、パンやパスタ用には、より強いグルテンで、含有量の多いものが好まれています。

小麦のグルテン含有量と種類は、品種だけでなく、栽培される環境条件(気候、土壌など)にも左右されます。 このように、私たちが日々の食事を通して摂るグルテンには、本来、量や種類に可変性やバラツキがあるだけでなく、小麦の育種を通じてグルテンの含有量が体系的に変化したという科学的証拠もないため(Kasarda, D. J. Agric. Food Chem., 2013, 61:1155-1159) 、小児脂肪便症や肥満率の急増が、小麦の育種、あるいは小麦品種の草丈の低下のせいだ、とは言えないのです。小麦に係る栄養「神話」については、より詳細で科学的な調査が行われています。シリアル食品の世界(57:177-189;2012)に、栄養専門家であるジュリー・ミラー・ジョーンズ氏の記述がありますので参照してください。

回答者 ブレット・F・カーバー博士

回答者

ブレット・F・カーバー博士

Brett F. Carver, Ph.D

オクラホマ州立大学、植物土壌科学科、農業小麦遺伝学講座、指導教授

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