ここでは耐病性、栄養の強化、干ばつ耐性のほか、持続可能性に貢献するような特徴をもつ遺伝子組み換え作物や、鑑賞用の遺伝子組み換え花、また医薬品として利用される遺伝子組み換え植物についてご紹介します。
目次
耐病性作物
作物病害は、世界各地で作物に壊滅的な被害を与えています。特にウイルス病は大変な脅威であり、有効な対策が確立されていない場合がほとんどです。そこで、遺伝子組み換え技術でウイルス病にかかりにくい性質をもつ作物が開発されています。
植物には動物と同じような免疫機構はありませんが、あるウイルスに感染すると似た種類のウイルスには感染しないという性質があります。その理由は、ウイルスの表面を包んでいるコートタンパク質にあります。タバコモザイクウイルスのコートタンパク質を作る遺伝子をタバコに導入したところ、タバコモザイクウイルスに感染しにくい性質が得られました。この原理を利用したウイルス抵抗性植物としては、ハワイの輪紋ウイルス抵抗性パパイヤが最も有名でしょう。現在、ハワイのパパイヤのうち半分以上がウイルス抵抗性の遺伝子組み換え品種です。他にも、ウイルス抵抗性スクワッシュが実用化されています。
栄養強化作物
遺伝子組み換え技術によって、作物の栄養成分を変えることもできるようになりました。例えば、高オレイン酸ダイズ。オレイン酸には、血中の善玉コレステロールはそのままで、悪玉コレステロールだけを下げる効果があるといわれています。高オレイン酸ダイズは、オレイン酸を多く含むことで知られているオリーブオイルと同じくらいのレベルまでオレイン酸含有量が高められています。そのほかに、貧困地域での栄養素欠乏を防ぐため、ビタミンA含有量を高めたイネのゴールデンライスが開発され、2021年にフィリピンで商業栽培が承認されています。開発中のものとしては、オメガ3脂肪酸含有量を高めたナタネなどがあります。
干ばつ耐性作物
干ばつ耐性トウモロコシ
旧モンサント社(現バイエルクロップサイエンス社)によって、枯草菌の一種であるBacillus subtilis 由来の低温ショックタンパクB(cold shock protein B)遺伝子が導入された遺伝子組み換えの乾燥耐性トウモロコシが開発されています。このタンパク質の導入により、乾燥ストレス条件下でも植物体の細胞機能を保つことが可能となるため、最終的に収量の減少を抑制することができます。このトウモロコシに関する技術は、サハラ以南のアフリカにおける食糧安全保障を強化するために、遺伝子組み換えによる乾燥耐性及び害虫抵抗性トウモロコシ品種の商業化を目指すTELAトウモロコシプロジェクトに無償で提供されています。
干ばつ耐性コムギ
アルゼンチンのバイオセレス(Bioceres Crop Solutions)社によって、干ばつ耐性をもたらすヒマワリの遺伝子が導入された1、世界初の遺伝子組み換え小麦が開発されています。アルゼンチンで栽培されており、既にアルゼンチンに加え米国やブラジル、オーストラリア、ナイジェリアなどで食品や飼料として承認されています2。
干ばつ耐性ダイズ
同じくアルゼンチンのバイオセレス社によって、干ばつ耐性小麦と同様のテクノロジーを利用して開発されました。既に、米国やブラジルを含む南北アメリカの複数の国々で栽培や食品、飼料としての利用が承認されています2。2022年、中国でも食品や飼料としての利用が承認されました。
低リグニンアルファルファ
植物の構成成分の一種であるリグニンは、家畜が消化しにくいためにその含有率が低いほど飼料としての品質が高いとされています。遺伝子組み換え技術により飼料適正を高めた低リグニンアルファルファが開発され、主に北米で利用されています。
褐変を抑制したリンゴ
傷などによって褐変したリンゴは、見た目の悪さによって廃棄され、埋め立て処分されています。そして、埋め立て地は地球温暖化の一因であるメタンガスの主要な発生源になっています。このような無駄な廃棄を減らすため、傷が付いても褐変しにくい遺伝子組み換えリンゴが開発され、2017年より米国で販売されています。
アクリルアミド生成量を低減したジャガイモ
ジャガイモを高温で加熱すると、発がん性を持つと考えられるアクリルアミドという化学物質が発生します。遺伝子組み換え技術によってアクリルアミドの生成量を抑制したジャガイモが開発され、既に米国で販売されています。
ピンクパイナップル
パイナップル内在性のピンク色の色素リコピンを黄色のベータカロテンに変換する酵素の働きを抑え、果肉をピンク色にしたパイナップルです。コスタリカで栽培され、米国で販売されています。
パープルトマト
イギリスのノーフォークプラントサイエンス社(Norfolk Plant Sciences)によって、紫色で栄養価の高いパープルトマトが開発されました。このパープルトマトには、食用花としても利用されるキンギョソウ(スナップドラゴン)に由来する2つの遺伝子が導入されており、高い抗酸化力を持つ天然色素のアントシアニンが果実全体で産生されます。最近の研究では、アントシアニンが心血管系の疾患や変性疾患などを予防する効果があることが明らかになっており、予防医学的な観点でこのトマトを食べることで健康を増進できる可能性が期待されています。パープルトマトは2022年9月に米国にて栽培の承認がなされており、現在、食品としての安全性審査が進められています。
色変わりの花
青いバラの花言葉は「不可能」であったように、青色のバラやカーネーションを従来の品種改良で生み出すことはできませんでした。これらの花には、青色の色素をつくるために必要な遺伝子が存在しないためです。そこで、遺伝子組み換え技術を使い、これまで不可能とされていた新しい色の花の開発・研究が進められました。1997年、ペチュニアの青い色素の遺伝子を組み込んで開発された、世界初の青紫色のカーネーションの販売が始まりました。さらに、2009年にはパンジーの青い色素の遺伝子を組み込むことによって誕生した、世界初の青色のバラの販売も開始されました。不可能を遺伝子組み換え技術によって克服するー青いバラには新たに「夢かなう」という花言葉が与えられました。現在、日本をはじめ、北米や欧州など海外でも販売されています。ヨーロッパでは花嫁が青い物を身につけると幸せになるという言い伝えがあり、結婚のプレゼントとしての人気も高まっています。さらに、2017年には青い菊が開発され、2022年には青いコチョウランが商品化されました。
植物由来医薬品
医薬品成分を植物に作らせる研究も進んでいます。日本では動物用医薬品で既に実用化されており、イヌ歯周病に対する治療薬としてイヌインターフェロンを産生する遺伝子組み換えイチゴが2013年に動物用医薬品として承認され、販売されています。ヒト用医薬品としては、ベンサミアナタバコというタバコ属の植物で生産されたCOVID-19ワクチンが、カナダにおいて承認されています。