更新日:2024年3月29日
オーストラリア・ニュージーランド
生産の状況
オーストラリアでは科学分野でも商業分野でも非常に積極的にバイオテクノロジーに取り組んでいます。主に国内栽培されている遺伝子組み換え作物はワタ(48.9万ヘクタール)、ナタネ(92.7万ヘクタール)です(2023年時点)1。遺伝子組み換えワタは、国内のワタ生産のほぼ100%を占めていますが、ナタネの場合には全体の27%程度です。なお、組み換えナタネの栽培をめぐっては、一時、州政府がモラトリアム(栽培禁止)をしていましたが、2008年以降栽培が開始され、その後、急速に栽培が広がりました。2021年7月にはニューサウスウェールズ州がGM食用作物に関するモラトリアムを停止しましたので、タスマニア州を除いて、モラトリアムを続けている州はなくなりました。また、上記の作物以外には、組み換えカーネーションが栽培されています。安全性審査は連邦政府が行うものの、生産に関する認可は、州政府が判断しています。
他方、ニュージーランドでは、遺伝子組み換え作物の野外試験や商業栽培はなされておらず、オーストラリアとは対照的な状況となっています。
安全性審査
オーストラリアにおいて遺伝子組み換え作物の環境安全性に関わる審査は、遺伝子技術規制官(Gene Technology Regulator、GTR)が担当しています。またGTRの事務を支える部局として、遺伝子技術規制官局(Office of Gene Technology Regulator(OGTR))が保健省のもとに設置されています。GTRは強い独立性と権限を有しており、遺伝子技術法(GT法、2000年制定)とその施行規則(GT規則、2001年制定、2019年改訂)のもとで、遺伝子組み換え生物の審査と認可(免許交付)、監視、認可取り消しなどを行っています。原則として、環境へ放出されるものはすべてOGTRの許可が必要になります。また遺伝子技術法の関連制度を定期的にレビューし、技術変化などに対応する仕組みも設けられています。また遺伝子組み換え作物が、農薬成分や動物医薬品に関連する場合には、農業・動物用医薬品局(APVMA)も規制に関与します。
また遺伝子組み換え生物の国内管理に関しては、連邦政府と州政府との間での「政府間合意(Inter-Governmental Agreement)」が締結され、関連政策の基本方針を検討する機関として「遺伝子技術に関する立法府ガバナンス・フォーラム(Legislative & Governance Forum on Gene Technology, LGFGT)」が設置されています。このフォーラムを支える組織として、「遺伝子技術常設委員会(Gene Technology Standing Committee)」、「遺伝子技術助言委員会(Gene Technology Technical Advisory Committee, GTTAC)」、「遺伝子技術倫理・社会協議委員会(Gene Technology Ethics & Community Consultative Committee, GTECCC)」が設置され、各種の助言を提供しています。
なお、GTRは遺伝子組み換え生物の安全性認可に責任をもっていますが、実際に商業栽培を認めるかどうかの権限は、各州政府が有しています。連邦を構成する各州もそれぞれ独自の遺伝子技術法を制定しており、これらの法律のもとで栽培等に関する規制を実施しています。またGTRは法令を執行する機関としての位置づけられており、遺伝子組み換え生物に関する基本政策は、上局である保健省が策定しています。オーストラリアは、カルタヘナ議定書の非締約国です。
ニュージーランドにおける遺伝子組み換え生物規制は、1996年に制定された「危険物質・新生物法」(HSNO法)およびこれに関連するいくつかの規則(HSNO規則など)に基づいています。遺伝子組み換え生物は新生物として規定されており、例外を除いて本法律と規則のもとで安全性審査の対象となっています。商業栽培や環境安全性に関しては、ニュージーランドの環境保護庁(EPA)が担当しており、上記のHSNO法により規制を行っています。なお、EPAは環境省(MFE)の下位部局であり、基本的政策立案の役割は、環境省にあります。また遺伝子組み換え生物を用いた食品の安全性認可に関しては、下記に述べるFSANZのもとでオーストラリアと連携して実施されています。
ニュージーランドでは2000年代前半に反遺伝子組み換え生物の国民的な運動が盛り上がり、それ以降、反遺伝子組み換え生物規制が強化されています。商業利用されている遺伝子組み換え生物は生ワクチンのみであり、遺伝子組み換え作物は栽培されていません。また野外試験に関しても過去10年以上実施されていません。
またHSNO法では、遺伝子組み換え生物の認可を判断する際、費用便益分析の実施を義務付けています。分析結果において、プラスの影響がマイナス影響を上回らない限り、輸入や放出に関する認可がなされません。ニュージーランドはカルタヘナ議定書の締約国です。
食品としての安全性審査は、オーストラリア・ニュージーランド共通食品基準規範(Australia New Zealand Food Standards Code)にもとづき、オーストラリア・ニュージーランド食品基準局(FSANZ、1999年設置)が評価等の実施を担当し、オーストラリア・ニュージーランド食品基準審議会(ANZFSC)が最終承認を行います。オーストラリアでは遺伝子組み換えトウモロコシと遺伝子組み換えダイズダイズの商業生産は行われていませんが、食品としては多くの品目が認可されています。なお、FSANZは基準設定機関であり、基準を執行する権限は、FSANZではなく州政府にあります。
表示
オーストラリア・ニュージーランド食品基準局(FSANZ)では、両国の食品の規格や表示の基準を共同で策定しています。全ての遺伝子組み換え食品の申請を個別に評価する責任を負っています。
オーストラリア・ニュージーランド食品基準規範のうち、基準1.5.2(1999年制定)が、遺伝子組み換え食品の販売を規制しています。(1)市場導入前の安全性評価の義務および(2)表示の義務を規定しています。2001年12月から、遺伝子組み換え由来の作物および加工食品について表示が義務付けられました。そのうち、組み込まれたDNAや、それによって作られるタンパク質が製品中に残らない植物油や砂糖などの加工食品には表示する必要はないとされています。また、各原材料に含まれる意図せざる混入の割合が1%以下の場合には表示が免除されています。ただし、組み換えによって成分や特性に変化が見られる場合は表示が義務付けられています。
なお、基準1.5.2は遺伝子組み換え生物フリー表示に関する規定は明示されていませんが、表示は虚偽や誇張などにより、公正な商取引を阻害してはならないとされ、遺伝子組み換え生物フリーに関しても厳格に解釈されると考えられています。例えば、分別された非組み換え原材料を使用している場合に、表示として組み換えではない旨の「非組み換え」「遺伝子組み換え生物フリー」等の表示をすることは、検出される可能性がまったくない(ゼロ)といえる場合以外は、虚偽表示ということで罰金が科せられる可能性があると受け取られています。分別されていても、実際には組み換え材料が混ざってしまうことは避けられませんので、基本的に「非組み換え」等の表示は許されていない、と考えた方がよいと思われます。なお、家畜飼料に対しては、表示は義務付けられていません。
新たな育種技術(NBT)の扱い
ゲノム編集をもちいて育成された生物の取扱いに関して、ニュージーランドでは、政府とNGOが争った裁判において、遺伝子組み換え生物の規制対象であるとの判決(2014年5月)が下されました。この判決の結果、ニュージーランドでは、DNAの欠失についてもゲノム編集技術をもちいて作出された生物は遺伝子組み換え規制の対象になることが明確になりました。
他方、オーストラリアでは、遺伝子技術規制官事務局(OGTR)が検討を行い、最終的に、2019年4月に現行の「遺伝子技術規則」を改訂する法律、すなわち「2019年遺伝子技術改訂規則」が告示されました。この改訂では、ゲノム編集技術のうち、SDN1に該当するものを現行規制の対象外であることを明確にすると共に、細胞外で人工的に作成したテンプレートを用いたゲノム編集技術(SDN2)に関しては規制対象とすることになりました。
食品に関しては、オーストラリア・ニュージーランド食品基準局(FSANZ)により、検討が行われています。2021年10月には、食品基準の改訂案が公表されました。そこでは、FSANZがリスク評価などの結果をもとに、規制から除外するものを指定するという方針が示されまた(具体的には、外来遺伝子が除去された食品、従来育種でも作出できる特性を有した食品、外来遺伝子や新規タンパクを含まない加工食品など)。他方、こうした除外の条件を満たさないものは、事前の安全性審査が必要とされています。今後さらなる検討を経て、最終決定がなされることになります。
※協力:名古屋大学大学院 環境学研究科 立川 雅司 教授