よくある質問 - 検証編
質問
更新日:2022年12月15日
「遺伝子組み換えトウモロコシを2年間ラットに与えたところ、乳がんや脳下垂体異常、肝障害を発症した」という論文が発表されたと聞きましたが、本当に大丈夫ですか。
回答
結論
フランスのカーン大学教授・セラリーニ氏らの研究グループによる論文「Long term toxicity of a Roundup herbicide and a Roundup-tolerant genetically modified maize(ラウンドアップ除草剤並びにラウンドアップ耐性遺伝子組み換えトウモロコシの長期毒性)」(*1)は、発表されるとすぐに、多くの研究者や世界専門機関から反論の声があがりました。(*2)
欧州食品安全機関(EFSA)や日本の食品安全委員会は、この論文に示された試験設計や結果の分析には明らかに不備があり、セラリーニ氏らが導いた結論はデータによる裏付けがないとの見解を発表しています。(*3)(*4)
この論文を掲載した学術誌は、再検討の結果、論文の結論は不完全であり、同誌に掲載する論文の水準に達していなかったとして、この論文を取り下げました。
また、セラリーニ氏らの動物試験を適切な条件の下で追試しその結果について検証するため、EU主導のGRACE(*5)、G-TwYST(*6)、フランス主導のGMO90+(*7)という、複数の大規模な公的研究プロジェクト が実施されましたが、いずれのプロジェクトにおいても「遺伝子組み換え作物の摂取に起因する健康へのリスクは一切認められない」と結論しています。(*13)
発端
2012年9月19日、フランスのカーン大学教授・セラリーニ氏ら研究グループがFood and Chemical Toxicology誌電子版に、「Long term toxicity of a Roundup herbicide and a Roundup-tolerant genetically modified maize(ラウンドアップ除草剤並びにラウンドアップ耐性遺伝子組み換えトウモロコシの長期毒性)」と題した論文を発表しました。この論文は、ラウンドアップ除草剤とそのラウンドアップに耐性を持つ遺伝子組み換えトウモロコシ(NK603)を2年間にわたりラットに与えたところ、乳がんや脳下垂体異常、肝障害、腎症などを発症したという試験結果をまとめたもので、大きな腫瘍が発生したラットの写真とともに一部メディアでセンセーショナルに報道されました。
検証
セラリーニ氏らの論文に対し、欧州食品安全機関(EFSA)は国際的に認められた試験方法や報告書様式のガイドラインに沿って検証を行い、次のような問題点を指摘しました。
試験に使われたラットの種類と数が適切ではない
発がん性研究の試験では、1グループあたり最低でも雌雄各50匹のラットを必要とすることが国際機関で定められていますが、セラリーニ教授らは1グループあたり雌雄各10匹しか使用しませんでした。実験中に発生する自然死を考慮すると、何らかの結論を導き出すためには、その動物数はあまりに少ないものでした。
また、2年間にわたるこの試験に使用されたラットは、その2年の平均寿命の間に腫瘍が発生しやすい系統のものでした。論文中に写真は示されてはいませんが、遺伝子組み換えトウモロコシでない餌を与えたラットであっても、乳がんの発生や死亡例が多く認められています。よって、実験途中で認められたがんの発生や死亡の原因が遺伝子組み換えトウモロコシを与えた影響によるものなのか、それとも偶然によるものなのかを見分けることはできません。
比較に必要なグループ数を満たしていない
この実験では、市販の餌に遺伝子組み換えトウモロコシをそれぞれ11%、22%、33%混ぜたラットのグループがあるのに対し、非遺伝子組み換えトウモロコシを与えたグループ(対照群)は1つだけでした(33%の非遺伝子組み換えトウモロコシを餌に混ぜて与えた)。遺伝子組み換えトウモロコシを与えた場合と、従来のトウモロコシを与えた場合の影響を比較するには、適切なグループ数ではありません。
試験手法の数々の不備が見られ、必要なデータが論文に記載されていない
他にも、次のような問題点が指摘されています。
- 実験の目的が述べられていない。
- 経済協力開発機構(OECD)などが国際的に定めている実験プロトコルに従っていない。
- ラットが摂取した餌や水の量が明示されていない。
- 腫瘍のデータなどは報告されているものの、測定された情報すべてが報告されているわけではない。
欧州食品安全機関(EFSA)は、2012年11月28日に発表したこの論文に対する最終評価において、論文に示された試験設計や報告、試験結果の分析には明らかに不備があり、セラリーニ氏らの導いた結論はデータによる裏付けがないと断じるとともに、 これまでEFSAが行ってきた遺伝子組み換えトウモロコシ(NK603)の安全性評価を見直す必要性がないとの見解も表明しました。
遺伝子組み換えの作物の安全性を再確認した欧州のプロジェクト
セラリーニ氏らの動物試験を適切な条件の下で追試しその結果について検証するため、あるいは、動物試験自体の科学的妥当性を含め遺伝子組み換え作物の安全性評価手法について再検討するため、EU主導のGRACE、G-TwYST、フランス主導のGMO90+という、複数の大規模な公的研究プロジェクトが透明性の高いプロセスのもとで実施されました。(*8)その結果は、いずれのプロジェクトの結論もこれまでの科学界の結論と違わないものであり、「遺伝子組み換え作物の摂取に起因する健康へのリスクは一切認められない」というものでした。
特に、セラリーニ論文で使用されたものと同様の遺伝子組み換え作物を用いての2年間の動物試験を行ったG-TwYSTでは、健康へのリスクは一切認められないと結論付けており 、セラリーニ論文に対する決定的な反証となりました。
各プロジェクトの詳細を以下にまとめています。(PDFダウンロードはこちら)
GRACE (GMO Risk Assessment and Communication of Evidence)(*5)
- 出資: EU
- 期間: 2012年6月から2015年11月
- 目的: 動物試験の科学的妥当性及びその代替手段について検証し、EUにおける遺伝子組み換え作物の安全性評価の枠組みを再検討する。
- 試験: 遺伝子組み換えトウモロコシMON810系統を用いたラット90日間亜慢性試験及び1年間慢性毒性試験
- 結論: 遺伝子組み換えトウモロコシの摂取に起因する健康リスクは一切認められない。遺伝子組み換え作物の安全性評価に動物試験を課す必要性は見られない。
G-TwYST (GM Plant-Two Year Safety Testing)(*6)
- 出資: EU
- 期間: 2014年4月から2018年4月
- 目的: セラリーニ論文によって生じた懸念事項について精査するとともに、遺伝子組み換え作物の長期動物試験の科学的妥当性について検討する
- 試験: 遺伝子組み換えトウモロコシNK603系統を用いたラット90日間摂餌試験、1年間慢性毒性試験 (1年間)、及び発がん性試験 (2年間)
- セラリーニ論文との比較及び結論
セラリーニ論文 | G-TwYST | |
---|---|---|
試験原則 | 国際ガイドラインに則っていない | OECDガイドライン及びEFSA推奨手法を参照 |
ラット系統 | 自然発生的に腫瘍が発生しやすいSD系統 | 発がん性試験に使用される系統の中で最も腫瘍の自然発生率が低いWistar Han RCC系統 |
対照群の設定 | 処理群 (GM 11, 22, 33% +/- R*)に対して1対照群 (non-GM 33%) しか設定していない | 適切な比較が可能な5群 (non-GM 33%, non-GM 22% + GM 11% +/- R, GM 33% +/- R) を設定 |
供試ラット数 | 1群につき雌雄各10匹のみ | 1群につき雌雄各50匹 (発がん性試験) |
飼料 | 飼料の質 (マイコトキシンなどの有害物質の有無や除草剤残留量) が不明 | 飼料の調製方法の詳細及び組成分析の結果が提示されている |
給飼試験 | 実際の摂食量が不明 | 摂食量が提示されている |
試験デザインの透明性 | 統計手法が通常使用されないものであり、事前に設計されていたのか不明確 | 試験デザインは事前に開示し、様々な分野の関係者により公に精査 |
データの透明性 | 収集したデータすべてを報告していない | すべての試験データをオンラインで公表 |
結論 | 上記の不備に加え、結果に用量依存関係が無く、致死率や腫瘍発生率はすべてSD系統の自然変動範囲内であり、何らの科学的結論も導き出せないと論文は撤回 |
|
GMO90+ (Genetically modified organism, 90-day to 180-day testing)(*7)
- 出資: フランス環境連帯移行省 (French Ministry for an Ecological and Solidary Transition)
- 期間: 2014年2月から2016年12月
- 目的: 遺伝子組み換え作物の摂取に起因する生物学的影響の有無を調べる
- 試験: 遺伝子組み換えトウモロコシNK603系統、MON810系統、及びそれらの対照非組み換え系統を最大6ヶ月間与えたラットの組織病理学的解析、血液及び尿のメタボローム解析、及び肝臓及び腎臓のトランスクリプトーム解析
- 結論: 遺伝子組み換え作物の摂取に起因する生物学的に意味のある影響を示すエビデンスは認められない
参照
(*1) Gilles-Eric Séraliniら「Long term toxicity of a Roundup herbicide and a Roundup-tolerant genetically modified maize」(Food and Chemical Toxicology2012)
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0278691512005637
(*2)Seralini氏の論文が発表されて以来、メディアに寄せられた科学者・専門家のコメント一覧(EuropaBioによるまとめ)英語:PDF(和訳:PDF)
(*3)欧州食品安全機関(EFSA) 2012年11月28日プレスリリース(Seralini氏の論文に対する最終評価)
http://www.efsa.europa.eu/en/press/news/121128(和訳:PDF)
(*4)食品安全委員会 平成24年11月12日 除草剤グリホサート耐性トウモロコシNK603系統の毒性発現に関する論文に対する見解
https://www.fsc.go.jp/senmon/idensi/gm_nk603_kenkai.pdf
(*5) GRACE http://www.grace-fp7.eu/en/home
(*6) G-TwYST https://www.g-twyst.eu/
(*7) GMO90+ http://recherche-riskogm.fr/en/page/gmo90plus
(*8) Schiemann et al. (2014). Facilitating a transparent and tailored scientific discussion about the added value of animal feeding trials as well as in vitro and in silico approaches with whole food/feed for the risk assessment of genetically modified plants. Archives of Toxicology 88, 2067-2069. https://doi.org/10.1007/s00204-014-1375-7
(*9) Steinberg et al. (2019). Lack of adverse effects in subchronic and chronic toxicity/carcinogenicity studies on the glyphosate-resistant genetically modified maize NK603 in Wistar Han RCC rats. Archives of Toxicology. https://doi.org/10.1007/s00204-019-02400-1. (要旨和訳:PDF)
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